東京地方裁判所 昭和61年(行ウ)169号 判決 1989年12月22日
原告 土方キヨ
被告 東京都知事
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和六一年三月二六日付けで賃貸人村内誉治、村内必典及び大房英雄、賃借人原告との間の別紙物件目録一ないし三記載の農地の賃貸借契約の解約についてした許可を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 訴外村内誉治(以下「訴外誉治」という。)、同村内必典(以下「訴外必典」という。)及び同大房英雄(以下「訴外英雄」という。)が同人らを賃貸人とし、原告を賃借人とする別紙物件目録一ないし三記載の農地(以下「本件農地」という。)についての賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)の解約許可申請をしたところ、被告は、昭和六一年三月二六日付けで、原告から解約に伴う給付の申立てがあつた場合には一四〇〇万円を支払う(以下、右金員を「本件離作料」という。)ことという条件を付してこれを許可した(以下「本件処分」という。)。
2 しかしながら、本件処分は、処分の理由が全く示されていないから憲法三一条に違反し、また、農地法二〇条二項各号に該当しないにもかかわらずなされたものであるから違法であり、さらに、本件離作料の額が不当に低廉であるという点においても違法である。
よつて、原告は本件処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1の事実は認める。
同2のうち、本件処分に処分の理由が示されていないことは認めるが、その余は争う。
三 被告の主張
1 本件処分の適法性について
次に述べるとおり、本件農地は農地以外のものにすることを相当とするから、本件処分は適法である。
(一) 農地法二〇条二項二号の法意について
農地法二〇条二項は、都道府県知事が同条による許可を与えるについての要件を定めたものであり、同項各号のいずれかに該当する場合には都道府県知事は許可を与えなければならないものと解される。
そして、同項二号は農地賃貸借契約解約事由として「その農地又は採草放牧地を農地又は採草放牧地以外のものにすることを相当とする場合」と規定しているが、その法意は、賃貸借の目的となつている農地をそれ以外のものに転用する計画があり、その転用計画の確実性及び農地の自然的社会的条件等からみて、農地法四条又は五条の許可が受けられるであろうことが十分見込まれ、かつ、賃借人の経営及び生計の状況、さらには離作条件を総合的に考慮してその転用計画実現のため、現在の賃貸借関係を終了させることが社会通念に照らして相当であると認められるような場合を指すものと解される。
(二) これを本件についてみると、次のとおりである。
(1) 賃貸人らの本件農地の転用計画とその実現可能性について
本件農地の賃貸人らは、共同相続した本件農地を一八九・七平方メートルの土地(訴外誉治分)、二二七・六平方メートルの土地(訴外必典分)及び二〇八・七平方メートルの土地(訴外英雄分)に三分割して宅地とする計画であり、訴外誉治は自己用二階建住宅を、訴外必典及び訴外英雄はそれぞれ娘夫婦の二階建住宅を建築する具体的な計画を有している。そして、右転用計画が実現されることは、専門業者作成に係る設計図、見積書、賃貸人及びその娘夫婦等作成の確認書並びにその資金計画に照らして明らかである。
(2) 農地転用の相当性について
本件農地は、JR東日本中央線八王子駅の北東約一・四キロメートルに位置し、都市計画法上の市街化区域内に存し、その用途地域は住居地域であり、かつ、土地区画整理事業の完了した土地であつて、しかも、東側は宅地に、西側、南側及び北側は市道を隔てて宅地に接しており、宅地化するにふさわしい土地である。
ちなみに、農地法は、都市計画法との調整を図るため、市街化区域内の農地については、転用許可を不要とし、あらかじめ農業委員会に転用の届出をすることにより、容易に宅地等に転用できることとしている(農地法四条一項五号、五条一項三号)。
(3) 賃借人の経営及び生計の状況、離作条件からの相当性について
<1> 原告は、本件農地のほかに一三三〇・九二平方メートルの自作地八筆を有しており、そのうち、三筆については、営農申告をしているが、他の五筆については営農申告をしておらず、本件農地についても営農申告をしていない。このことは、原告に長期営農継続の意思のないことを確認させるものである。また、被告指揮下の職員が昭和六二年四月一六日に現地調査をしたところ、本件農地の南側部分には野菜類が植栽されていたものの、北側部分には、何らの植栽もなく、相当以前から耕作の用に供されていない状況であつた。
<2> 加えて、原告は、いわば趣味として本件農地に野菜類を栽培しているものの、そのほとんどを原告の息子達が経営するラーメン店で消費したり、あるいは自家消費しており、農業収入は皆無に近く、生計は主に不動産収入に依存しているのであるから、本件農地を賃貸人らに返還したとしても、その生計に特段の影響はないものと認められる。
<3> 農地法二〇条は、農地の賃借権を保護し、もつて同法一条にいう耕作者の地位の安定と農業生産力の増進を図ることを目的とするものであるから、賃貸借の解約等に当たつては、賃貸人から賃借人に離作に伴う給付のあることが望ましい。
被告は、本件処分をするに当たり、賃貸人らに対し離作に伴う給付の意思を確認したところ、一四〇〇万円を支払う用意がある旨の申出があつたので、耕作者保護の見地から、その提供、履行を確実にするため、右金額の支払を条件として本件処分をしたものである。
(三) 以上のとおり、賃貸人らは本件農地にそれぞれ住宅を建設する具体的な計画を有しており、いずれも農地法四条一項五号及び五条一項三号の転用届出がなされれば受理されるに足りる内容の計画であつて、転用実現の確実性があるものと認められ、加えて原告の経営及び生計の状況、離作条件を総合的に判断すれば、本件賃貸借契約を終了させることが社会通念からみても相当である場合に該当するものということができるから、農地法二〇条二項二号に該当することは明らかである。
2 原告の主張する違法事由について
(一) 処分理由の記載がないとの点について
(1) 行政処分が、処分の理由の記載を欠くために違法となるのは、その処分の根拠法令が理由の記載を要求している場合であると解される。
これを本件についてみると、農地法二〇条に基づく都道府県知事の処分には、理由の記載を要求している規定はないのであるから、本件処分に許可及び条件を付した理由の記載がないからといつて、そのことの故に違法となるいわれはない。
(2) なお、原告は、本件処分に理由を付すべきことは憲法三一条の要請するところであると主張するが、憲法三一条は、もともと刑事手続に関する規定であつて、直ちに行政処分に適用されるものとはいえないし、仮に、行政処分に適用される場合があるとしても、農地法二〇条に基づく解約許可は、当該賃貸借契約の一方当事者の相手方に対してなす解約申入れの有効要件にすぎず、解約許可があれば当然に当該賃貸借契約が解約となるものではなく、解約許可があつたとしても、そのことの故に、直ちに相手方が賃借権を奪われるということにはならないから、そもそも憲法三一条の適用はない。
(二) 本件離作料の額が低廉であるとの点について
(1) 農地法は、二〇条四項において、同条一項の許可に条件を付することができる旨を規定しているにすぎず、いかなる場合にどのような条件を付するかについては何ら規定していないのであるから、結局は、条件を付するか否か及びいかなる条件を付するかは、都道府県知事の裁量的判断に委ねられている趣旨と解される。
そして、離作補償は、農地賃貸借の終了によつて賃借人が被る農業経営及び生計費の打撃を緩和する趣旨で、賃貸人が自発的に支払うものであるから、知事が農地の賃貸借契約解約申入れの条件として、離作補償の支払を命じる場合には、その金額は農地賃貸借の終了によつて賃借人が被る農業経営及び生計費の打撃を回復するに足りるものであれば良く、右範囲であれば具体的な金額の算定は、知事の裁量に委ねられていると解すべきである。
(2) これを本件についてみると、次のとおりである。
<1> 被告は、本件処分をするに当たり、賃貸人らに対し離作に伴う給付の意思を確認したところ、一四〇〇万円を支払う用意がある旨の申出があつたので、耕作者保護の見地から、その提供、履行を確実にするため、右金額の支払を条件として本件処分をしたものである。
<2> そして、八王子市における標準小作料の算定基礎による畑作(野菜)の一〇アール当たりの年間粗収益は三七万円であるところ、本件農地は六二六平方メートルであるから、これをもとにその年間粗収益を二三万円として試算すると、前記金額はほぼ六〇年分の農業補償に相当する金額である。
また、八王子市農業委員会の昭和六〇年中における農地売買価格調査結果によると、同市内の市街化調整区域における耕作目的の農地(畑)の価格は一〇アール当たり約二二〇〇万円であるところ、前記金額は本件農地に相当する面積の農地の再取得も可能な額である。
加えて、原告は、農業による収入は皆無に等しく、本件農地についても、自家消費分等の収穫を挙げているに過ぎず、原告が、本件農地から離作し、これを賃貸人らに返還したとしても、原告の経済状態に打撃を与えるものではない。
したがつて、前記金額の給付により、原告の離作に伴う損失は十分に補償されるものと解され、前記金額をもつて不当に低廉であるということはできない。
四 被告の主張に対する認否
1 被告の主張1の冒頭の主張は争う。
同1(一)は認める。
同1(二)(1)の事実は否認する。
同1(二)(2)前段のうち、本件農地がJR東日本中央線八王子駅の北東約一・四キロメートルに位置していることは認めるが、その余の事実は知らず、宅地化するのに適した土地であるとの主張は争う。後段の主張は認める。
同1(二)(3)<1>のうち、原告が本件農地のほかに一三三〇・九二平方メートルの自作地八筆を有していること、右自作地八筆のうち五筆については営農申告をしておらず、本件農地についても営農申告をしていないこと及び昭和六二年四月一六日に本件農地の南側部分に野菜類が植栽されていたことは認めるが、その余の事実は否認し、原告に長期営農継続の意思がないとの主張は争う。営農申告は、いわゆる宅地並課税を避け、農地としての低い固定資産税にするために行われるものであつて、営農申告をしていないことは本件処分を適法とする事実ではない。また、農地は一年のうちある期間は休耕させなければならないのであり、昭和六二年四月当時本件農地の北側部分はたまたま休耕状態になつていたが、原告は本件農地の右部分で青菜、キヤベツ等を栽培している。
同1(二)(3)<2>のうち、原告が本件農地で野菜類を栽培していること及びその野菜類を原告の息子達が経営するラーメン店で消費したり、あるいは自家消費していることは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。
同1(二)(3)<3>のうち、前段は認めるが、後段は争う。
同1(三)は争う。
2 被告の主張2(一)は争う。およそ、国家あるいは行政庁が国民に対して何らかの処分をなす場合、その処分の理由を明らかにしなければならないことは、憲法三一条の趣旨からも当然要請されるところである。このことは、処分に理由が記載されていなければ、処分によつて権利の制限を受けた者が不服申立てをする際に不服申立ての理由を明確にすることができず、また、処分庁の判断が恣意的になり、合理性を担保することができなくなることからも明らかである。
同2(二)は争う。
五 原告の反論
1 農地法二〇条二項二号に該当しないことについて
(一) 賃貸人らの本件農地の転用計画とその実現可能性について
訴外誉治、訴外必典及び訴外英雄に本件農地を使用する必要性がなかつたことは、同人らが昭和五八年六月二二日付けで申し立てた調停(以下「本件調停」という。)の申立ての趣旨が賃料の値上げであつたこと及び訴外誉治らはそれぞれ自宅を所有しており、本件農地に自宅ないし娘夫婦の住宅を建設する必要性が全くないことから明らかであり、訴外誉治らが本件農地をそれ以外のものに転用する現実的計画の確実性、具体性は客観的に存在しない。
(二) 訴外村内栄一と訴外土方金之助との合意について
原告の夫である訴外土方金之助(以下「訴外金之助」という。)は、昭和三七年六月六日、訴外村内村雄に対して別紙物件目録四ないし六記載の土地(以下「別件土地」という。)を貸し渡すにあたり、訴外誉治らの父である訴外村内栄一(以下「訴外栄一」という。)との間で、別件土地の賃貸借契約と本件賃貸借契約について、一方の契約が継続する限り他方の契約も存続させるとの合意をしたのであるから、右賃貸借契約が現在も継続しているのに本件賃貸借契約を解消させることは社会通念からみても適当な場合でないことは明らかである。
2 離作料について
(一) 離作料は、耕作権割合に相当する対価でなければならないところ、本件農地の近隣における農地の賃貸借契約の解約の事例を斟酌すれば、耕作権割合に相当する対価は、賃借土地の四〇パーセントないし五〇パーセント相当の土地(又は当該農地の価額の四〇パーセントないし五〇パーセント)であり、本件農地の時価は一億四〇〇〇万円であるから、本件離作料の額が不当に低廉であることは明らかである。
(二) 訴外誉治らは、本件調停において、本件賃貸借契約の解約条件として、本件農地のうち二五パーセント相当の土地を離作料として原告に無償譲渡する旨の申出をしたのであるから、本件処分をするにあたつても、本件農地の二五パーセント相当の土地(又は三五〇〇万円)の給付を条件とすべきである。
(三) 前記の訴外栄一と訴外金之助との間の合意があるにもかかわらず、別件土地の賃貸借契約を存続させたまま本件賃貸借契約を解約する以上、別件土地の賃貸借契約によつて訴外村内村雄が得ている利益(借地権価格)を考慮しなければならないところ、右利益に比して本件離作料の額が不当に廉価であることは明白である。
六 原告の反論に対する認否
1 原告の反論1(一)のうち、本件調停の申立ての趣旨が賃料の値上げであつたことは認めるが、その余は争う。調停の実質的争点は、本件賃貸借契約解約に係る離作料の額であつた。
同1(二)の事実は知らず、主張は争う。
2 同2(一)の事実は知らず、主張は争う。
同2(二)は争う。
同2(三)の事実は知らず、主張は争う。
第三証拠<略>
理由
一 請求原因1については、当事者間に争いがない。
二 そこで、本件処分に原告主張の違法事由があるかどうかについて検討する。
1 原告は、本件処分には処分の理由が示されていないから、本件処分は違法であると主張するので、まず、この点について検討するに、本件処分に処分の理由が示されていないことは、当事者間に争いがないが、法令上特に理由の記載が要求されていないときは、処分に理由が記載されていなかつたとしても、そのことの故に当該処分が違法となるものではないと解するのが相当であるところ、農地法二〇条の許可について理由を記載することを要求している規定はないから、本件処分に理由が記載されていないことの故に本件処分が違法となるものではないというべきである。原告の主張は採用することができない。
なお、原告は、国家あるいは行政庁が国民に対して何らかの処分をする場合、その処分の理由を明らかにしなければならないことは憲法三一条の趣旨から当然要請される旨を主張するところ、行政手続について憲法三一条の適用ないし準用があるかどうかはしばらくおき、行政手続も公正な手続によつてなされなければならないことはいうまでもないところであるが、公正な手続の内容としていかなる手続が要求されるかは当該処分の種類、性質によつて異なるものであつて、すべての行政処分に理由を記載することまで要請されていると解する根拠はない。もつとも、処分庁の判断の慎重と合理性を担保するとともに、不服申立ての便宜を与えるために、処分に理由を記載することが望ましいというべきであるが、現行法上、明文で理由の記載が要求されている場合とそうでない場合とがある以上、法令上特に理由の記載が要求されていない場合に、理由の記載を欠くからといつて当該処分を違法とすることはできないものといわなければならない。
2 次に、被告は、本件処分は農地法二〇条二項二号に該当するとしてなされたものであると主張するのに対し、原告は、本件処分は同号に該当しないのになされたものであると主張するので、この点について検討する。
(一) 本件農地がJR東日本中央線八王子駅の北東約一・四キロメートルに位置していること、原告が本件農地のほかに一三三〇・九二平方メートルの自作地八筆を有していること、右自作地八筆のうち五筆については営農申告をしておらず、本件農地についても営農申告をしていないこと、昭和六二年四月一六日に本件農地の南側部分に野菜類が植栽されていたこと及び原告が本件農地で野菜類を栽培し、その野菜類を原告の息子達が経営するラーメン店で消費したり、あるいは自家消費していることは、当事者間に争いがなく、<証拠略>を併せると、以下の事実を認めることができる。
(1) 本件農地は、JR東日本中央線八王子駅の北東約一・四キロメートルに位置し、都市計画法上の市街化区域内に存し、用途地域は住居地域である。昭和四〇年ころ、本件農地及びその周辺の土地を対象として土地区画整理事業が行われ、本件農地はそれまでは田であつたが、右事業終了後は畑に変わつた。本件農地は、南側、西側及び北側の三方を道路に囲まれ、東側は宅地に接しており、周辺には個人の住宅、郵政省宿舎等が立ち並んでいる。なお、本件農地の近所には専業農家はない。
(2) 本件農地の賃貸人である訴外誉治、訴外必典及び訴外英雄は、本件賃貸借契約の解約申入れの効力が生じ、本件農地の引渡しがあり次第訴外誉治分一八七・七平方メートル、訴外必典分二二七・六平方メートル及び訴外英雄分二〇八・七平方メートルとして本件農地を三分割し、宅地としたうえ、訴外誉治は自己用二階建住宅の、訴外必典は娘夫婦の二階建住宅の、訴外英雄は娘夫婦の二階建住宅の建築工事を開始する計画であり、そのため訴外誉治らは右各住宅の設計図を作成し、建築資金の調達計画もできている。
(3) 原告は、明治四三年生まれで、現在二男土方年雄、三男土方定雄及び四男土方秀雄と同居しており、昭和五八年に夫である訴外金之助が死亡した後は、原告が主として本件農地を耕作し、原告はこれを唯一の趣味としているが、高齢なため、鍬を使つてするような作業は息子達がしているし、原告が病気になつたような時には息子達が農作業をしている。本件農地では、ねぎ、じやがいも、らつきよう、にらなどの野菜類が栽培されているが、訴外金之助の死亡後は本件農地で収穫された作物を市場に卸さず、二男が経営するラーメン店、三男及び四男が共同で経営するラーメン店で消費されたり、自家消費されているため、原告には農業収入はなく、同人の生計は不動産収入、給与収入に依存している。また、原告は、本件農地のほかに一三三〇・九二平方メートルの自作地八筆を有しており、このうち八王子市大和田町三丁目一〇一二番一、同町三丁目一〇一三番及び向町三丁目一〇五七番の三筆の農地については営農申告をしているが、同町一丁目二番五及び同番八ないし一一の五筆の農地については営農申告をしておらず、右五筆の農地は現在は使用されていないが、将来は駐車場とする予定である。なお、本件農地についても営農申告はされていない。
以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
(二) ところで、農地法二〇条二項二号は「その農地又は採草放牧地を農地又は採草放牧地以外のものにすることを相当とする場合」と抽象的に規定していて、いかなる場合がこれに当たるかについて具体的な基準を示していないが、農地法一条に示された農地法の目的等を勘案すると、農地を農地以外のものに転用することが相当であるかどうかは、当該農地及びその周辺の客観的状況、賃貸人の当該農地を使用する必要性、転用後の使用計画の具体性及び確実性並びに賃借人の当該農地を耕作する必要性及び農業経営の状況等の諸般の事情を総合して判断すべきであると解するのが相当であるところ、前記認定の事実によれば、本件農地の周辺の状況及び本件農地が市街化区域、住居地域内にあり、土地区画整理事業が終了していることから考えて、本件農地は農地よりは宅地に適しているということができ、また、賃貸人である訴外誉治らは本件農地を宅地として使用する必要があり、その転用後の使用計画は具体的で、確実なものであると認められるし、さらに、原告は本件農地における耕作を事業として行つているのではなく、いわば家庭菜園的に趣味として行つているにすぎないのであるから、たとえ本件賃貸借契約が解約されたとしても、原告の生計には影響がないと考えられるうえ、現在のような形態で耕作を続けるのであれば、自己の所有する自作地をそのために使用することは十分可能であると認められるのであつて、これらの事情を総合して考慮すると、本件賃貸借契約の解約は、農地法二〇条二項二号に規定する場合に当たるものと認めるのが相当である。
(三) 原告は、本件調停の申立ての趣旨が賃料の値上げであつたこと及び訴外誉治らが自宅を所有していることから、訴外誉治らには本件農地を使用する必要性、転用計画の確実性、具体性がない旨を主張するところ、訴外誉治らの転用計画に確実性、具体性があることは前記認定の事実から明らかであり、また、本件調停の申立ての趣旨が賃料の値上げであつたことは当事者間に争いがないが、<証拠略>によれば、訴外誉治らは訴外金之助に対して本件農地の明渡しを求めていたが、同人がこれに応じないため、とりあえず賃料値上げを求めて本件調停を申し立てたが、右調停においては初期の段階から原告が本件農地の明渡しをするかどうかということを巡つて話合いが続けられたことが認められるから、調停申立ての趣旨が賃料の値上げであつたからといつて、訴外誉治らには本件農地を使用する必要性がないということはできないし、さらに、仮に、訴外誉治らが現在自宅を有しているとしても、本件農地に新たに自宅を建築する必要性がないということはいえないのであるから、原告の主張は採用することができない。
また、原告は、訴外金之助と訴外栄一との間で、別件土地の賃貸借契約と本件賃貸借契約について、一方の契約が継続する限り他方の契約も存続させるとの合意がなされたから、別件土地の賃貸借契約が継続しているのに本件賃貸借契約を解消させることは社会通念からみても適当な場合でないことは明らかであると主張し、<証拠略>によれば、本件賃貸借契約が締結されていたことが一つの動機となつて訴外金之助と訴外村内村雄との間で別件土地の賃貸借契約が締結されたことが認められるが、原告主張の合意があつたとまで認めるに足る証拠はないから、原告の主張は、その前提を欠くものであつて、採用することができない。
3 本件離作料の額が一四〇〇万円であることについては当事者間に争いがないところ、原告は、本件離作料の額が低廉であると主張するので、この点について検討する。
(一) 農地法二〇条四項は、同条一項の許可は条件をつけてすることができると規定しているところ、離作料の支払が条件とされている場合には、農地等の賃貸借の終了によつて賃借人が被るであろう農業経営上の損害を回復し、生計に対する影響を緩和することを目的とするものであると考えられるから、離作料の額が右の目的を達成するに足りるものであれば違法に低廉であるということはできないものと解すべきである。
(二) これを本件についてみるに、前記認定の本件農地の使用状況、原告の生計の状況によれば、本件賃貸借契約が終了したとしても原告には農業経営上の損害、生計に対する影響はほとんどないということができ、また、<証拠略>によれば、八王子市農業委員会が昭和五九年二月二八日に決定した農業振興地域の整備に関する法律(昭和四四年法律第五八号)六条の規定により農業振興地域の指定を受けた地域の標準小作料の算定基礎とされた白菜、じやがいもの一〇アール当たりの年間粗利益は三七万円であることが認められ、さらに、<証拠略>によれば、八王子市内の市街化調整区域にある畑の昭和六〇年一月から同年一一月までの売買価格の平均は一〇アール当たり二二四二万二〇〇〇円であることが認められるのであつて、これらの事情に鑑みると、本件離作料は本件賃貸借契約の解約によつて原告が被るであろう農業経営上の損害を十分に回復し、生計に対する影響を除去するものであるということができるから、本件離作料の額が低廉であるということはできない。
(三) 原告は、離作料は耕作権に相当する対価でなければならないところ、本件農地の耕作権割合は本件農地の四〇パーセントないし五〇パーセントあるから、本件離作料の額が低廉である旨を主張するが、離作料の額が耕作権に相当する対価でなければならないというのは原告の独自の見解であつて、採用することができないものであるのみならず、本件農地の耕作権割合が本件農地の四〇パーセントないし五〇パーセントであることを認めるに足る証拠はない(原告本人は、原告の親戚の者が離作に当たり賃借農地の四〇パーセントないし五〇パーセントを貰つた旨を供述するが、右供述は曖昧であつて採用することができない。)から、右主張は失当である。
また、原告は、本件調停において訴外誉治らが本件賃貸借契約の解約条件として本件農地のうち二五パーセント相当の土地を離作料として原告に無償譲渡する旨の申出をしていたのであるから、本件処分をするにあたつても本件農地の二五パーセント相当の土地(又は三五〇〇万円)の給付を条件とすべき旨を主張し、<証拠略>によれば、本件調停において訴外誉治らは本件賃貸借契約の解約条件として本件農地のうち二五パーセント相当の土地を離作料として原告に無償譲渡する旨の申出をしていたことが認められるが、訴外誉治らの右申出が調停が成立する場合の条件としてなされたものであることは、申出のなされた状況に照らして明らかであるから、本件処分をするにあたり右申出に従つた条件を付すべきであるということはできない。原告の主張は失当である。
さらに、原告は、別件土地の賃貸借をするにあたつて訴外金之助と訴外栄一との間でなされた別件土地の賃貸借契約が継続する限り本件農地の賃貸借契約も存続させるとの合意を考慮すると、本件離作料の額は不当に廉価であると主張するが、前判示のとおり、右合意があつたとは認められないから、原告の主張は採用することができない。
4 以上のとおりであつて、本件処分に原告の主張する違法事由はないといわざるを得ない。
三 よつて、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 宍戸達徳 北澤晶 小林昭彦)
物件目録
一 所在 八王子市大和田町五丁目
地番 一八番四
地目 田(現況 畑)
地積 三一平方メートル
二 所在 八王子市大和田町五丁目
地番 一八番五
地目 田(現況 畑)
地積 一五三平方メートル
三 所在 八王子市大和田町五丁目
地番 一八番六
地目 田(現況 畑)
地積 四四二平方メートル
四 所在 八王子市大和田町二丁目
地番 三番一〇
地目 畑
地積 一九一平方メートル
右土地のうち、六八平方メートル
五 所在 八王子市大和田町二丁目
地番 三番一一
地目 宅地
地積 一八八平方メートル
六 所在 八王子市大和田町二丁目
地番 三番一四
地目 山林
地積 二八七平方メートル